K弾 のバックアップ差分(No.11)
メインウェポンで使用する徹甲弾。至近距離から、複数の兵士で同時使用しなければ、大きな効果は期待できない。 |BGCOLOR(#555):COLOR(White):200|400|c |BGCOLOR(#fc2):COLOR(Black):分類|''[[偵察兵]] / ガジェット''| |解除条件|初期解除| |アイテム数|5| |銃剣突撃|可能(メイン武器の装着状況に依存)| *特徴、アドバイス、補足 [#tips] 対車両用のタングステン鋼弾芯の銃弾。通常弾の代わりに使用する銃弾の為、射撃の度に1発づつ手込めで装填される。 柔い軽車両類や飛行機のみならず戦車類にもダメージを与えることが出来るが、弱点に当てられなければ与えられるダメージは期待できない。 しっかり弱点の部位に当てることが出来れば大きなダメージは与えられるし部位破壊も狙えるが、やはりこれだけでは軽車両はともかく戦車類の破壊はほぼ不可能に近い。結局の所、最終的な車両の破壊は突撃兵に任せた方がいいだろう。 通常弾からK弾を選択すると通常弾を弾倉から1発飛ばし込めるというモーションが入る。この時、通常弾に戻した際にマガジンの弾が1発少なくなっているという芸の細かさがある(総弾数は減っていない為、拾っているらしい)。 なお対車両用の銃弾であるが通常弾と比較して歩兵に対するダメージ量の違いは無い。ただしM1903(試作)の場合はM1903の他の仕様のダメージモデルが適応される。その為この銃に限り長距離狙撃に使用するという使い道もある。 &color(Red){''ダメージ情報募集しております''}; |ダメージ対象|~通常ダメージ|~弱点部位ダメージ|h |BGCOLOR(#ddd):120|>|CENTER:140|c |歩兵|>|武器威力と同じ| |[[戦車]]|6/7|| |[[重戦車]]|5/6|30?| |[[軽戦車]]|5/6/7|| |[[自走砲トラック]]||| |[[馬]]||| |[[地上車両]]||| |[[ボート]]||| |[[攻撃機]]||| |[[爆撃機]]||| |[[戦闘機]]||| |[[エアシップL30]]|0|0| |[[装甲列車]]||| |[[ドレッドノート]]|0|0| &size(10){&color(Red){弱点部位};については各ビークルページ参照。}; *ゲーム内映像 [#image] //&attachref(,nolink); #htmlinsert(youtube,id=Mz_9Q4_SEuw) *装備品紹介 [#introduction] 第一次大戦下の1916年9月15日、ソンムにおいてイギリス軍が戦車を史上初めて実戦投入しました。ほとんどの歩兵火器が効かない歩兵の敵の出現により、従来の歩兵火器の系統から枝分かれし、別の進化を辿ることになる火器、即ち対戦車火器が生まれることになります。 ドイツ軍のK弾、あるいはSpitzgeschoss mit Kern(S.m.K.)は、 Gewehr 98やMG08などのドイツ歩兵の通常火器から発砲可能な、スチールコア(鋼鉄芯)の7.92x57mm弾である。元は装甲板の裏にいる狙撃手や、第一次世界大戦では一般的であった歩兵用盾に対抗するために開発され、隊の選抜射手に与えられた。 #br 戦車の出現に対して、当初のドイツ軍は遠距離射撃・拠点攻撃用に小銃で使われていたタングステン鋼弾芯のK弾を対戦車徹甲弾として小銃手1人につき5発支給することで対応しますが、1917年6月にイギリス軍がK弾に耐える装甲を持ったMK.IV戦車を投入したため、新たな対策を迫られます。この結果、1918年に世界初の対戦車火器(対戦車ライフル)であるモーゼルT型小銃(口径13mm)が誕生しました。しかしながら、対戦車ライフルは戦車が急激に発達した第二次世界大戦を機に衰退し、現在は対物ライフルとして復活したものの、対戦車火器としての性格は薄くなってしまいました。 ドイツ軍が連合国側の戦車開発計画を察知すると、K弾は増産され、ほどなく前線の全兵士にK弾が10弾ずつ支給された。通常のGewehr 98から発射されたK弾は、最大100mの距離から13mmの装甲を貫通することができ、特に近距離での使用において、初期のイギリスとフランスの戦車を攻撃できる威力があった。このため、戦車戦の初期において、K弾が乗員被害や車両損失の多くを生み出すこととなった。 #br そして現在、対戦車火器の主流は成型炸薬弾(HEAT)となっています。携行型対戦車火器としての成型炸薬弾には様々な投射手段がありますが、現在はミサイル(誘導弾)、無反動砲、ロケット(若しくは、RPG-7の様に無反動砲とロケット推進を合わせたもの)が主流となっています。さらに軽装甲車両・対人用として、小銃てき弾・てき弾銃(グレネードランチャー)があり、前者は自衛隊の06式小銃てき弾、後者はアメリカのM203、M79グレネードランチャー等があります。 連合国側はこの状況を突き止めると、次第に装甲を厚くした新型戦車を生み出していき、1918年までにK弾は以前ほどの効力を得られなくなっていた。しかし、その頃にはドイツ軍の戦術も転換され、ベルト給弾でK弾を戦車に浴びせるMG08重機関銃が対戦車の役割を担っていた。機関銃による集中砲火を浴びると装甲が赤熱して柔らかくなり、K弾による貫通が容易となることから、対戦車にはより効果的であった。 #br 過去にはイギリス軍のPIATの様なバネと火薬の推進力で発射する変態チックなモノもありましたが、おおむね戦後は上に挙げたモノが対戦車火器の主役となっています。しかしながら、開発されたものの制式化されず、お蔵入りしてしまった変わり種の対戦車兵器が戦後もありました。名前こそ「てき弾銃」ではあるものの、その形状は従来の「てき弾銃」とは大きく異なるものでした。そして、それを開発していたのは日本です。 大戦後期には、大型の徹甲弾を発射する13mm Tankgewehrが登場し、理想条件下で最大21mmの装甲を貫くことができた。戦車の台頭を受けて、ドイツ軍はさまざまな対戦車兵器や戦術を模索し、それを組み合わせて投入したが、第一次世界大戦において、最終的に戦車を数多く撃破したのは、各種形式の大砲であった。 #br [[コーデックス/K弾]]より *コメント [#comment] #pcomment(,reply,20,) |