あまりにも優れた戦果を挙げたためドイツ帝国がその使用に抗議したアメリカ製のショットガン。トリガーを引いたまま連射することが可能。
用語については武器の性能表についてを参照してください。
基本的な性能として実物のスラムファイア機能を再現するためか、射撃ボタンを押しっぱなしにすることで連続で発砲することができる。つまりフルオートに近い。 バックボア・ハンターモデルではModel 10-Aよりペレット数が少なく、掃討戦モデルではペレット数は多いが威力が下がるため、連射性能で強引にねじ伏せる戦法がメインとなる。 装弾数は少ないので弾切れに注意。但し至近距離で全ペレットを撃ち込めば1トリガーキルできる点は遜色ない。 初期仕様が存在しない他、腰だめ移動時の場合は座り撃ちより立ち撃ちの方が精度がいいという謎の特徴を持つ。ショットガンなのであまり関係ないが。
銃器技師ジョン・M・ブローニングが設計したM1893の改良型で、アメリカのウィンチェスター社が販売したポンプアクション式散弾銃。 愛称は「ウィンチェスター・ライオットガン」、「トレンチガン」など。主に12番口径弾を用いる。
第一次世界大戦以前からポピュラーなショットガンであり、第一次世界大戦にアメリカが参戦した後もそれは変わらなかった。 他の製品と異なり有鶏頭といわれる撃鉄が外部に露出したタイプの散弾銃であったため、ポンプするとスライドが威圧的に飛び出してくる構造で射撃の際には注意が必要であった。 また珍しい特徴として、トリガーを引きつつポンプし続ける事による速射、所謂「スラムファイア」が可能であり、慣れれば恐ろしい速度で撃つことができた。 その恐怖の威力は第一次大戦で遺憾なく発揮されることになる。塹壕戦が発達していた戦線においては至近距離戦闘が勃発するのは日常茶飯事で、その距離は本銃が最も得意とするところである。 アメリカが参戦し、投入された途端瞬く間に本銃の威力は敵味方に知れ渡り恐れられるようになった。
これがトレンチガン、「塹壕銃」の由来である。第一次世界大戦にて活躍した本銃であったが、その高すぎる威力と残虐性故に、戦後いくつかの国から対人での散弾銃使用禁止が訴えられた。 だが勝てば官軍、当のアメリカはそんなことを気にも留めず運用を続けた。続く第二次世界大戦では後継のM1912(撃鉄を内臓した無鶏頭モデル)とともに主に太平洋戦線にて活躍した。その後もM1897とその直系の子孫であるM(19)12の血脈はベトナム戦争下にイサカM37で一本化されるまでの間半世紀近くの長くにわたり軍用散弾銃の座に君臨し続けた。 現代まで続く至近距離戦闘での散弾銃の有効性を示したのは本銃の功績であると言っても過言ではないだろう。
バリエーションが豊富であり、様々な後継、銃身長を選択できた。中でも一般的だったのは12番口径&20インチバレルでヒートラグ(穴あき放熱板)や着剣装置を追加した「トレンチ」モデルと16番口径&28インチバレルモデルである。 トレンチモデルにはバヨネットタグが付属しており、専らM1917銃剣が付けられた。本作に登場するのはトレンチガンモデル。
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