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MONTE GRAPPA のバックアップ(No.39)
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概要
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| 分類 | マップ |
| 読み | モンテグラッパ(イタリアにある山の名) |
| 連合国 | VS | 同盟国 | ||
| イタリア王国 | オーストリア= ハンガリー帝国 | |||
ベネチアン・アルプスの誇る山々に囲まれて戦われる最終決戦のひとつ。
雲よりも高き山中で展開する山岳要塞の攻防戦は、鍛え上げられた兵士たちにとっても過酷極まる戦いとなった。要塞の巨大砲台群が、斜面の登はんを試みる敵兵たちの進攻を阻む。
この激戦においてオーストリア=ハンガリー帝国は優位にあったが、イタリア軍にその版図の奪還を諦める意図はなかった。
主に個別の適応について記載されています。軽微な情報は省いてます。また全体の変更により仕様が変わっている場合がありますのでパッチ情報で確認して下さい。
第一次世界大戦のイタリア戦線終結に繋がったヴィットリオ・ヴェネト
の戦いがモチーフになっている。この戦いの1年前にイタリア軍はCAPORETTOでオーストリア・ハンガリー帝国に大敗し、敗走させられる事態となったが連合国の支援を受けつつイタリア王国軍は再建した。オペレーションのボイスでも出てくる「ディアズ将軍」は実在した将軍で彼は、周りがだんだん勢いを失いつつあるオーストリア・ハンガリー帝国をさっさと追撃するよう求めるがそれを断り、十分な兵力を確保し反攻作戦への準備を入念に整えた。
カポレットでの大損害
カポレットの戦いに於いて、前任のルイージの失態によって大損害を被ったイタリア軍。この大敗の理由は前線後部に予備防衛部隊を置かなかった事であり、これにより捕虜27万人と死者3万人に大敗による離脱者などで30万人を超える損害であった。これはカポレット直前のイタリア軍全体の4分の1に匹敵する。この敗北にルイージは単独講和を推したが国内で反対されついに総大将の座を解任され、後任はアルマンド・ディアズ将軍となった。
アルマンド・ディアズ
後任の陸軍参謀総長の座に就いたディアズは、連合軍の支援をもとにイタリア軍の再建に努め、ルイージの下での指揮体制や軍の配置体制を改良した。この改良の有効性はカポレットの後にさらに追撃してきたハプスブルク軍の攻勢を大損害(17万人)を与えて食い止めた事で証明された。この勝利に連合軍はイタリアにハプスブルク帝国への反撃を求めたが、ディアズは安易な追撃(反撃)は危険だとして軍隊再建に全力を投じた。この間に西部戦線では、ロシアとの講和によって急場を凌いだドイツ帝国も窮地に立たされつつあり、ハプスブルク帝国もまたオーストリア人とハンガリー人の対立が表面化していた。
サヴォイアに栄光あれ
忘れもしないカポレット(10月24日)から約一年。イタリア軍は6個軍でハプスブルクへの反撃を開始。フランス陸軍イタリア派遣部隊も反撃に参加した。反撃は成功を収め大進撃を収めただけでなく、ハプスブルク兵士の戦意も奪い取る事に成功した。イタリアの勢いは留まることを知らずどんどん進軍し、加えてハプスブルク帝国への反旗を翻す諸民族なども反乱を起こし始め、帝国は崩壊を迎えていた。
オーストリア=ハンガリー帝国の終焉
11月3日、オーストリア司令部は遂にイタリア軍への降伏を決定。休戦条約署名後も、条約施行まで進撃が止まらないと言う事もあったりしたがここにイタリア王国とハプスブルク帝国の戦いは終わった。オーストリア=ハンガリー帝国は複数の国家に分裂した。イタリア王国にとってはオーストリア=ハンガリー帝国と言う最大の敵がこの世から消え去ったことと領土獲得と言う大きな勝利となった。この勝利を作り出したディアズ将軍はアメリカのパーシング将軍やフランスのフォッシュ将軍と共に戦勝記念パーティーに呼ばれ、賞賛されると共に、イタリア王国内に於いてもこの上ない多大な勲章などを受け、イタリアの英雄となった。
| ▼ | マップ(クリックで展開) |
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イタリアで最も美しい登坂を持つとされ、二度の世界大戦の舞台となったグラッパ山(MONTE GRAPPA)をモチーフとするマップ。峠の片側が戦闘エリアとなっている。
各航空機、坂上で動きやすい軽戦車、航空機アンチの対空トラックが輝く傾向にあり、戦車・装甲自走砲トラックの活躍は限定的。重戦車は坂下の大きな防衛戦力となる。
戦車2台+A、E拠点1台ずつ 航空機3機
戦闘エリアを区分するなら、進撃ルートに即した坂下のA・C・E拠点と坂上のB・D拠点に分ける2エリア区分。
もしくは接敵機会に即した、比較的安全なオーストリア側に近いA拠点・イタリア側に近いE拠点、中間の激戦区B・D・C拠点に分けた区分が考えられる。
自軍本拠地に近いAもしくはE拠点+坂上の自エリア側BもしくはD拠点+C拠点の早期確保・維持が基本的な戦略となる。
以下各拠点について詳細に述べる。

加筆求む
| 攻撃側 | → | 防衛側 | ||
| イタリア王国 | オーストリア= ハンガリー帝国 | |||
モチーフ解説の様に、イタリア王国がオーストリア=ハンガリー帝国との戦いに決着をつけるべく戦う。オーストリア=ハンガリー帝国の陣地は6つあり、イタリア王国の第二・第三大隊の増援はコンクエスト同様エアシップである。第三陣地まではサクっと堕とせるが(正確には堕とせないのなら敗北確定)、それ以降は一つの陣地が非常に硬い。
とにかくイタリアにとってクッソ難しいマップである。
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